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東京高等裁判所 昭和56年(ラ)951号 決定

抗告人

有限会社エイシン

右代表者

横山源吉

抗告人

横山源吉

右両名代理人

岩間幸平

相手方

株式会社シンボー

右代表者

新房武久

相手方

新房武久

相手方らを原告とし抗告人らを被告とする東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第七一〇六号不当利得等請求事件につき、同裁判所が昭和五六年一〇月一日なした文書提出命令に対し、抗告人らから即時抗告の申立てがあつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

抗告人有限会社エイシンの本件抗告を却下する。

抗告人横山源吉の本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。相手方らの文書提出命令の申立てを却下する。」というのであり、その理由は、別紙抗告状記載のとおりである。

よつて検討するに、本件記録によれば、原告である相手方らの本訴請求の要旨は、原決定理由中の記載(原決定一丁裏一〇行目から二丁表末行まで)のとおりであるところ、原裁判所は、相手方らの申立てにより、被告の一人である抗告人横山源吉に対し民訴法三一二条三号後段に則り原決定添付物件目録記載の各文書(以下「本件文書」という。)の提出を命じたことが明らかである。

してみると、抗告人有限会社エイシンは原決定により文書の提出を命ぜられてはいないから、特段の事情のない限り、原決定に対し抗告する法律上の利益を有しないものというベきところ、本件記録中には右特段の事情を認めるべき資料は存しない。従つて抗告人会社のした抗告は不適法なものというほかない。

そこで、以下抗告人横山源吉の抗告について検討する。

判旨本件文書のうち、損益計算書(2)及び営業報告書(3)を除くその余(1及び4ないし7)が商法所定の商業帳簿であることは、同法三二条及び三三条の規定に照らし明らかであり、その民事訴訟における提出義務については、同法三五条の定めるところである。ところで、損益計算書及び営業報告書が右の商業帳簿にあたるかどうかについては争いがあるが、有限会社法によれば、右各書類は、有限会社において、財産目録、貸借対照表(これらが商業帳簿であることは商法三三条に明定するとおりである)とともに毎決算期に作成することとこれを社員と債権者に公示することを義務付けられているものであること(有限会社法四三条及び四六条)を考えると、同時に作成公示を義務付けられている会社の計算に関する文書のうち、財産目録、貸借対照表の訴訟上の提出義務は商法三五条によるが、損益計算書、営業報告書についてはそうではないというのはいかにも不合理であるといわざるを得ない。そうして、損益計算書は営業の成績を示すが財産の状況を示すものではないこと、また営業報告書は営業の一般的景況を示す説明書であることを理由に右二者が商業帳簿にあたらないというのは、専ら会計学等の観点からする商業帳簿の本質論としてはともかく、右二者が有限会社のそれである場合の訴訟上の提出義務に関しては、右に述べた不合理を解消するに足るものとはいえず、他に右二者を財産目録、貸借対照と特に区別して商法三五条による提出義務の対象外としなければならないことを相当とする理由は見出し難い。従つて、本件文書はすべて商法三五条にいう商業帳簿であるか或いはこれに準ずるものであつて、民事訴訟におけるその提出義務は専ら同条の適用ないしその準用によるものと解するのが相当である。そうして、同条によれば、商業帳簿を提出すべき者は訴訟の当事者であつてこれを所持する者(その者は同条の趣旨からして、商人自身又は支配人、会社の代表者が主なものであろう)であるところ、抗告人横山は前記訴訟事件の当事者(被告)であり、かつ、後述のとおり抗告人会社の代表者として本件文書を所持する者であるから、同抗告人は同条により本件文書を提出する義務を負うものといわなければならない。

抗告人は、本件文書が抗告人横山と相手方らとの間の法律関係について作成されたものではない旨及び抗告人会社が営業を廃止した事実はないから抗告人横山は本件文書を所持していない旨主張するが、右に説示したように、本件文書は商業帳簿に該当するものであるから、抗告人横山と相手方らとの間の法律関係について作成されたものであるかどうかにかかわらず、商法三五条によりその提出義務が肯認されるものであり、また本件記録によれば、前記訴訟事件の被告である抗告人横山は、抗告人会社の代表者の資格において本件文書を所持しているものと推認され、その所持は、抗告人会社が営業を廃止したかどうかにより何等の影響も受けるものではないから、抗告人らの右主張は、いずれも抗告人横山の本件文書の提出義務を否定する根拠とはなし得ないものというべきである。そして、本件記録を精査しても、他に原決定を取り消すべき事由を見出すことができない。

以上の通りであつて、抗告人会社の抗告は不適法であるからこれを却下し、抗告人横山の抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(川上泉 奥村長生 橘勝治)

別紙抗告状〈省略〉

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